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令和7年9月1日 人間には止められない 狂った国 |
大東亜戦争について、なぜ「無謀な戦争」に突入してしまったのか、 止められなかったのか、などと言われる事が有る。 確かにそうで、日米の国力差は歴然としていたのだから、 勝てる訳が無い戦争という認識は有ったはずだ。 なぜ止められなかったのだろうか。 「昭和16年の敗戦」(猪瀬直樹)をNHKスペシャルで放送していた。 日本が敗戦したのは昭和20年なのだが、実は、昭和16年に日本では、 総力戦研究所というところがシュミレーションを行っていた。 その分析結果は「日本必敗」であり、国の体をなさないほどの惨状になる、 というかなり緻密で正確なものだった。 それを重要閣僚の前で発表したのだと言う。 それを聞いた閣僚たちは、内心では日本は負けると思っているにも関わらず、 戦争する決断をする事になる。 そのドラマの中に「もう人間には止められない」というセリフが出てきた。 そうなのだ。 軍部は既に何年も前から戦争になる事を想定して準備を進めていた。 それに伴って産業界もそれで利益を得ていたし、国民感情も戦争に前向きになって行った。 新聞も戦争を煽る記事を書くほど売れることになるし、 戦争準備の予算を付けてしまえば、もう誰にも止められないのだ。 軍部も南方進出を想定して、夏用の軍服を生産し終わっていたし、 膨大な軍事費をかけて戦艦などを作っていた。 ドラマの中のセリフで、「もう軍服を作ってしまったから戦争をするというのか」 というものが有ったが、まさにその通りなのだった。 東条英機も内心は日本は勝てないと思っていた。 けれど、満州の権益を手放すなどは既に、利害がからんで、 利権でガチガチになっている為に、 「人間には止められない」ところまで来ていた。 戦争をしない為にはアメリカの要求を飲んで満州の権益を手放すしか無い。 けれどそれはもう出来ない。 アメリカの言う事を聞かなければ石油禁輸で日本は干されるし、 戦争になっても日本は負ける。 どっちを取っても日本は酷い事になる。 ではどうすれば良いか。 ならば戦争をしたほうが良いかもしれないし、既に戦争は人間には止められなくなっている。 と、こういう話だった。 確かにそうだ。なるほど、と思う。 もう人間には止められない、というのは的を得た言葉なのだろう。 日本の歴史を勉強して見ると、昔と今はまったく同じ事をしていると思う事が多い。 黒船が来た時の幕府の対応や、大東亜戦争に突入する過程、戦争中の政策、作戦など、 どれもこれも、今の日本も同じ事をしている。 国益よりも役人のメンツ、国益よりも役所の存在意義、 国益よりも個人的な利益、正確な論理よりも希望的観測、 思い切りの悪い逐次投入、などなど、今も昔も変わらないのだ。 さて、令和7年の日本では色々な「外国人問題」が起こっている。 労働力不足だから移民を入れるという話や、インバウンドによる混乱、 不法滞在者やら日本在住外国人とのトラブルなどなど。 ヨーロッパなどでは移民を入れすぎた為に大変な混乱が起きている。 最も安全な国と言われていたスウェーデンではレイプなどの犯罪が 非常に高い国になってしまった。 移民を推進した張本人でもあるメルケルが最近「失敗だった」と言っている。 この非常に明確な失敗例が有るにも関わらず、なぜ日本は移民に突っ走ろうとするのか。 また、狂ったように進められる再エネ政策も有る。 最も効率の悪い発電方法と言われる洋上風力発電を作ったり、 山を削って太陽光パネルを敷き詰めたり、 狂ったように進められる再エネ政策は何故なのか。 これによって儲かるのは中国ばかりで、 電力が不安定になる上に電気代も高騰してしまう。 なぜこんな事をするのか。 これらはみな、利権でガチガチになっていて、止められる人が居ないからだ。 業者も識者も議員もみんなが利権の為にやってしまっている。 そして一般庶民も、「クリーンな再生可能エネルギー」と言われて騙されてしまっている。 銀行は、化石燃料を使う発電所の建設には一切融資しない事になってしまっている。 ここまで狂っているのに、もう誰にも止められない事になってしまっている。 さらに最近、JICAの問題が明らかになっている。 「ホームタウン」という言葉を使って大騒ぎになっている。 「国際協力機構」という美名に騙され、「良い事をしている」と思われてしまっているが、 最近、次々とその闇が暴かれつつ有る。 要するに、JICAというものが有るから使わなくてはならない、 予算も付いたから使わなくてはならない、というだけで、どんどん事業が進んでいく。 けれどその中身は非常にズサンな無駄使いであり、利権がらみであり、 結局はやらなくて良い事、やってはいけない事までやってしまっている。 そういえば何十年も前から「年度末になると工事が増える」などと良く言われて来た。 予算を使い切らないと次年度の予算を減らされてしまうからだ、などと言う。 だから慌てて工事をする、という話だ。 一体何をやっているのだろうか。 国会ではガソリンの暫定税率を廃止する議論が行われているが、 自民党の宮沢税制調査会長は、頑なに「財源」を求める。 暫定税率を廃止するなら同じだけ別の税を作ってガソリンにかけるべきだという、 信じられない狂った事を真顔で言っている。 宮沢、と言えば昔、本当に狂った宮澤喜一という総理大臣が居たのを思い出す。 宮澤喜一は誰か人に会うと「君は何期?」と聞くのだそうだ。 東大法学部の何期卒業か、という意味だ。 いえ、私は早稲田でして、、、などと言うと、 プイっとそっぽを向いてもう話もしなかったのだと言う。 これを基地外と呼ばずして何と呼ぶべきか。 その親戚が現在の宮沢洋一税制調査会長だ。 減税するならその分同じだけ増税をする、 と真顔で言うのは、一体どういう脳みそをしているのだろうか。 恐ろしく凝り固まった考えから抜け出す事が出来ないのは 受験勉強の弊害なのではなかろうか。 なぜここまで頭の悪い人達を「エリート」と呼ぶのか不思議で仕方が無い。 日本の国は大昔からずっと、このように利権でガチガチに固められ、 ガチガチに凝り固まった考えしか出来ない「エリート」たちが物事を決め、 その周りに居る人間たちも、それを報道するマスコミも、 誰も非難もせず、ただなんとなく物事が進んでしまうという、 「人間には止められない」事をやってきた。 何か大事故が起きて多くの人命が失われた、とか、大問題になって連日大きく報道された、 とかでもなければ、修正しようともしない社会なのだ。 一度決めたらずっとそのままなのだ。 日本人の特性なのだろうか、、、、。 ここで個人的に思う事が有る。 高卒と大卒の人間の質の違いについてだ。 もちろんこれは自分が感じるというだけの根拠の無い話だし、個人差という事も有る。 けれど、いつも思うのだ。 どうして高卒の子はみんなきちんとしているのだろうか。 そして、大事な事が何なのか良く解っている。 それに対して大卒の子はどうしてこんなにテキトウなのだろうか、 そして、大事な事の優先順位が狂っている。 と、いつも感じるのだ。 道徳的にやってはいけないだろうと思う事でも、儲かるからやってしまう。 社会には悪だが自分には利益だからやってしまう。 国益よりも自分の利益を優先する。 国益よりも自分の所属する組織の利益を優先する。 真実よりも屁理屈や希望的観測を優先する。 エリートと言われている財務省のキャリア官僚たちは増税すると出世するのだと言う。 そして自分の天下りに有利な政策を進め、2年ごとに次々と天下り先を替えては 退職金を受け取る。 こんなものがエリートなどと呼ばれるのだから狂っているとしか言いようが無い。 受験勉強で人間の優劣を判断するのをやめない限り、ずっと日本は狂ったままなのだろう。 そういえば、維新の会の前の代表だった馬場伸幸さん、 この人は結構マトモな事を言うなあ、と思って見ていたが、 彼は高卒なのだと後から知った。 それに引き換え今の代表の吉村さん、ちょっと頭大丈夫ですか? と思う事がしばしば有る。 と、まあこれは自分の個人的偏見なのかもしれないが、 本当に東大法学部卒がエリートだと思うのはやめたほうが良いのではなかろうか。 日本の国の悪い所を直すには、教育から変えなくてはならないという事だ。 受験勉強などやめて、大学は入学よりも、卒業するのを難しくしたほうが良い。 こんな事をやっていると、また日本中が焼け野原になるかもしれない。
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