かわいひでとし日記
令和5年12月8日      暴力的全否定      脳みそが半分しか無い人々
  
ツイッターを見ていると、イヤな気分になる話題がたくさん流れて来る。

特に感じるのは、「気に入らないヤツは殲滅したい」内容のツイートだ。

自分と違う意見の人に対してとにかくディスる。

揚げ足を取る、全否定する、文句を言えるところを見つけると

鬼の首を取った様に上から目線で批判しまくる。

気分が悪くなる。

あなたはそう思うでしょうが、私はこう思います。

同意できる妥協点は無いものでしょうか、

という様な言い方が出来ないのだろうか。

とにかく終始ポジショントークになってしまい、

事実などどうでも良いかの様になってしまう。


ある代議士が、アイヌ民族に対する支援について、

アイヌでは無い人が利益を受けているのはおかしい、

と言う様な事を発言すると、

あいつはアイヌを差別している、ヘイトスピーチだ!

となってしまう。

これはもう、事実を無視したポジショントークでしかない。

そして、あいつは差別主義者だとレッテルを貼ってしまう。

これを過激な活動家だけでなく、新聞社などのマスコミも一緒になってやってしまう。

思えば新聞社などはとうの昔から報道機関でもなんでもなく、

プロパガンダを垂れ流す機関になってしまっている。

自分のお気に召す事は大々的に報道するが、

そうではないものに対しては一切無視をする、という嘘のつきかたをずっと続けてきた。

これは報道などではない。

テレビなどもそうだ。

これは報道するが、あれは一切触れない、という事が横行している。

そして活動家と呼ばれる人達は、自分の意見にしか興味が無く、別意見を聞こうともせず、

むしろ潰す事に必死になってしまう。


そういう状態なので、自分は選挙運動は今までの様な演説やら握手やらをやめて、

全て討論会にするべきだと思っている。

そうすれば選挙にお金がかからなくなるだけではなく、

選挙向けの嘘を言う候補者が明らかになり、

誰に投票するべきかかなりはっきりするのではないだろうか。

勿論、討論をしたところで、テレビなどでやっている討論番組の様に、

言いたい事だけ言いっぱなし、話を逸らす、結局結論は出ない、

という事にはなるだろうが、進行の仕方によってはもっとはっきりさせられるだろうと思う。

公設の討論会以外の選挙運動を一切禁止にしたら随分違うのではないかと思う。


意見が違う人同士であっても、国を良くしようという思いは同じだ、

という立ち位置で話が出来る人でないと、政治活動は難しいのではないだろうか。


さて、自分と違う意見を言うものを抹殺しようという動きが顕著だ。

特に左派に顕著だ。

共産党などは数年前からSNS対策をだいぶ強化している。

とにかく自分達の意見を広めようと必死になるが、反対意見のリプライが有るとブロックする。

また、レッテル貼りをして、こいつはレイシストだ、などと決めつける。


自分の意見だけが正しい、とか、自分が一番正しい、と思っている人というのは、

アブナイ人なのだ。

相手の意見を聞いて、論点を整理して話し合う気持ちが無い人たちの事を、

自分はいつも、「脳みそが半分しか無い人」と呼んでいる。

自分と違う意見の人の存在自体を悪だと決めつけてしまう。

また、ワンフレーズを覚えるともうそれしか頭に浮かばなくなってしまう。

「アベ政治を許さない」とか言い始めると、もうアベは悪い奴だとしか考えなくなってしまう。

あれほど仕事をして、世界から信頼された総理大臣をどうしてそう思ってしまうのか。

「オスプレイはアブナイ」と思うともうオスプレイなら何でもかんでもダメだと思ってしまう。

飛行時間当たりの事故率などを見れば、オスプレイはかなり優秀な航空機であることや、

初期のオスプレイと比べて現在の物は何回もバージョンアップされているものだ

という事には一切興味が無くなってしまう。

「戦争反対」だから「自衛隊反対」というトンデモな飛躍しすぎた事しか頭に浮かばなくなる。

「集団的自衛権」は「戦争を欲しているものだ」と思い込むともう、それしか考えられなくなってしまう。

領土的野心の有る独裁国家が軍事力をどんどん増強する事に対して、

一国だけでは防ぎきれないから戦争をさせない為の集団的自衛なのだろうに、、、。


最近、「IRREVERSIBLE DAMAGE」(元に戻せないダメージ)という本が世界で評判になった。

自分はまだ読んではいないけれど、

思春期に一時の感情で性転換やホルモン治療をしてしまって

後悔した人などを扱った内容の様だ。

こういう考え方は識者の間にも広く有って、

不安定な思春期に取り返しのつかない事をするのには反対する人も多い。

この本をKADOKAWAが日本語訳を出版しようとしたところ、

かなりの妨害を受け、それに屈して出版を中止してしまった、

という衝撃的な出来事が有った。

言論弾圧も厭わない、とにかく自分と違う意見は全て殲滅する、

という攻撃的暴力的な考えにとりつかれた活動家たち。

これは大問題だ。

そんな事を許してはいけないし、言論弾圧に屈してはいけない。


以前、かなり反日的で左翼的な「表現の不自由展」というものが話題になった。

それに反対する人達の論点は「そんな事をするな」ではなく、

そんな偏った事をするなら公金を使うな、自分の金でやるぶんには自由だ、

というものだった。

せめてそういう態度であるべきだ。

気に入らないものは全否定し、暴力的に潰そうとする活動家たちは、

自由社会の敵だと思う。

そして、そいういう人たちはいつも、

美辞麗句をまとって人を騙す。

「差別はいけません」「戦争はいけません」などと、本質をぼやかして人々を騙す。

そんなあやふやな話に騙されない様に、一定程度は勉強しておく必要が有る。

勉強した上で自分の意見をしっかり持って、

反対意見には合理的な反論が出来る様になっていなければ、

日本はどんどん全体主義のファシズム国家になってしまう。

全く見識の無い、カネにしか興味の無い政治家たちには任せてはいられない。












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バカと憎悪      殲滅したい人々

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