砂漠の真ん中で
サン テグジュペリ
(8分24秒)
1935年12月29日、
職業パイロットだったサンテグジュペリと同僚の二人は、
飛行機の事故で、リビア砂漠に墜落、不時着しました。
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ぼくらは、飛行機のかたわらに寝ている。
ぼくらは60キロ以上歩いてきた。
僕らは、秘蔵の液体を飲みつくしてしまった。
僕らは、東方に何物をも認めなかった。
また1人の僚友も、この地域の上空は飛ばなかった。
僕らはいつまで待つことに耐えうるだろうか?
すでに僕らは、非常に渇いている、、、。
僕らは粉砕された機翼の破片を集めて、
大きな焚火台を築いた。
僕らは、ガソリンと、
それから強力な白光を放つマグネシウムの薄板を用意した。
僕らはこの火事に点火するために、
日が暮れ落ちるのを待った、、、、。
だがいったい、人間たちはどこにいるのか?
いま、炎は燃えさかっている。
敬虔な気持ちで、僕らは砂漠の中に燃えさかる信号灯を眺めている。
僕らは夜の中に輝きわたる自分たちの無言の、
明るいメッセージを眺めている。
そして僕は考える、
この信号が劇的な叫びを載せてゆくことは勿論だが、
同時にまた、それは、
おびただしい愛情をも乗せてゆくのだと。
僕らは飲みたいのだ、
だがまた、僕らは通信したくもあるのだ。
別の火よ、夜の中に灯りいでよ、
人間だけが火を持っている。
人間よ、我らに答えよ!
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僕には妻の目が見えてくる、
僕にはこの目以外のものは何も見えない。
その目は質問する。
僕には、
ともすれば僕に関心を持つかもしれないあらゆる人々の目が見えてくる。
そして、それらの目は、
質問する。
おびただしい視線のひと束が、
僕の沈黙を責める。
僕は答えているよ!
僕は答えているよ!
僕は力の限り答えているよ、
僕は夜の中にこれ以上輝かしい炎を上げる事はできないよ!
僕はできるだけの事をした。
僕らは出来るだけの事をした、
殆ど飲まずに60キロ。
今後僕らはもう、飲む事はできない。
僕らがもし長く待てないとしても、
それは僕らの罪だろうか!
飲むものさえ有ったら、
僕らは大人しく瓢箪を吸いながら、ここでじっと待ったはずだ。
ところが、錫のコップの底を、
僕が吸いつくしたあの瞬間から、
1つの時計が動き出した。
最後の1滴を僕がすすりこんだその瞬間から、
僕は1つの坂を下りだした。
時間が大河の様に僕を運び去るとしても、
僕にはそれをせき止める事はできないではないか。
同僚は泣いている。
僕は彼の肩をたたく。
僕が言う、彼を慰めようと、
だめならだめで仕方がないさ、、、、
彼が僕に答える、
僕が泣いているのは、自分の事やなんかじゃないよ、、、、
そうだ!それは確かだ、
僕はすでにもう、この明らかな事実を知っていた、
耐えがたいものなんか一つも有りはしないと。
僕は知るはずだった、明日、そうしてあさって、
いよいよ、耐えがたいものなんかひとつもありはしないと。
僕は結局、煩悶せずにすんだ。
このことで、明日、僕はもっと不思議な事実を教えられるはずだ。
あんなに大きな焚火はしたものの、
僕は実は人間たちにわからせようとすることは、
このときすでにあきらめていた、、、、。
自分の事やなんかじゃないよ、、、、
そうだ、そうなのだ、
耐えがたいのは実はこれだ。
待っていてくれる、あの数々の目が見えるたび、
僕は火傷の様な痛さを感じる。
すぐさま起き上がってまっしぐらに前方へ走りだしたい衝動に駆られる。
彼方で人々が助けてくれと叫んでいるのだ、
人々が難破しかけているのだ!
なぜ僕らの焚火が僕らの叫びを世界の果てまで伝えてくれないのか?
我慢しろ、、、僕らが駆けつけてやる、、、
僕らの方から駆け付けてやる、
僕らこそは救援隊だ。
マグネシウムは燃え尽きた、
僕らの焚火は赤らんだ。
僕らの火炎の大信号も終わった。
この世界の中で、何をこれが動きださせたか?
つらいことだが、僕は知っていた、
それが何ものをも動きださせはしなかったと。
つまりそれは耳に入らなかった祈りでしかなかったのだ。
よかろう、ぼくはひと眠りしよう。
二人は、5日間歩き続けた後、アラビアの遊牧民に助けられました。
アントワーヌ ド サン テグジュペリ
堀口 大學 訳
「人間の土地」(新潮文庫)より
一部省略し、一部単語を置き換えました
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