かわいひでとし日記
令和5年8月20日      当然と思ってはいけないこと      法律と道徳
  
変な事を言うと思うかもしれないけれど、

ルールや法律を守るなという話になってしまうのだけれど、

でも、心の底で思う事が有ります。

ということで、ヘンな事を言うと思いながら、参考程度に聞いてくださいな。


交通量があまり多くなく、なおかつ見通しの良い道路。

クルマは時々数台走っている程度。

そこに押し釦式の横断歩道が有る。

これを子供が使っているのを見ると、なんだかギモンに思う。

クルマが来ても、ちょっと待って通り過ぎれば横断出来る道路。

通り過ぎれば、もうクルマが来ないのがしっかり見える道路。

そこを渡るのに、いちいち信号を赤にしてクルマを止めるマインドがギモン。

たかが自分1人が渡る為に走って来たクルマを信号を赤にして止める、というマインド。

自分ごときが渡る為にいちいちクルマを止めてしまうのは申し訳ない、

通り過ぎてからさっと渡ろう、と思わないのだろうか、というギモン。

という事は交通法規を守るなと言っている事になってしまうので、

あまり大きな声で言えないのだけれど、

なんというか、子供の教育上よろしくないと思うのだ。

一瞬でも「自分ごときが渡る為にクルマを止めてしまうのは申し訳ない」

という気持ちを持って欲しいと、そういう感じのギモンなのだ。

その申し訳ないという気持ちを持たないまま、

何の疑問も持たずに他人を止める様な人間に育って欲しくない、と思うのだ。

せめて、ちょっとだけでも「申し訳ない」「ありがとうございます」と思って欲しい。

実はこういう、他人が自分の為に何かをしてくれる事を何の疑問も持たずに、

当たり前の様にスルーしてしまう大人は意外と多いのだ。

「ありがとうございます」でも何でもなく、当然の様に受け入れてしまう。

そして思い通りにならないとキレてしまう。

これ、やっぱり教育上よろしくないと思うのです。




最近そういうポスターやアナウンスを見る機会が少なくなったので、

もう諦めたのかと思ってた、エスカレーターでの歩行禁止。

エスカレーターというものが出来てから、歩く人はずっと居たし、

その程度の強度は設計に含まれているそうだから、

「2列立ち止まり」は諦めてくれないだろうか、、、。

というのは、効率とかルールとか以前に、

歩く人の為に片側を空ける、というのは人としての振る舞い、と言う観点から、

道徳的に正しいのではないだろうか。

なんというか、今の世の中を見ていると、道徳よりも法律のほうが上位で、

なんか殺伐としていてギモンに思う事が良く有る。

急いでいる人が居るかもしれないから、スペースを空けて立とうと思う、

その心は大切な事ではないだろうか。

これも、管理上、危険が有るから立ち止まってください、と言っているので、

それを破れ、という話になってしまって、あまり大きな声では言えないけれど、

でも、でも、やっぱり他人を気遣う心は失って欲しくないと思う。


世の中を見ていると、自分が一番エライと思っちゃってる人が思いのほか多い。

店で威張り散らす人や、店員にキレる客など、良く見るのではないだろうか。

どうしてそんなに不遜になれるのだろうかと思う。

傲慢になると、誰かが自分の為にしてくれた事さえ気が付かずに

当然の様にスルーしてしまう。

せめて「ありがとうございます」くらいは言ったほうが良い。


法律と道徳との関係は良くギモンに思う事が有る。

法律だけでなく、安全のため、効率のため、さらには同調圧力のために、

道徳を蔑ろにしてしまう場面が良く有ると思う。

法律を守るにしろ、心の中にはいつも道徳心を持っていたいものだ。


実はNGです「エスカレーターの片側空け」…条例で制定も”一般常識”とは乖離 実はメリットも?
https://trafficnews.jp/post/127567




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