ヨットの話
かわいひでとし
(2分19秒)
小学生のとき、
父親に買って貰ったおもちゃのヨット。
結構大きなものだったんですよ。
それは双胴のヨットでした。
だからとても安定が良くて絶対に転覆したりしませんでした。
学校の池とかプールに浮かべて遊んでいましたっけ。
本当の海を走らせても絶対転覆しないんじゃないかと思えてきて、
そう思ったらもう、海に流したくてたまらなくなってしまったんですね。
流し灯籠の様に、
ろうそくでも点けて夜の海に流したらいいんじゃないかな?
って思ってね、
すぐに実行しました。
防波堤からヨットを海に流しました。
ろうそく無しで流しました。夜の海は思ったより暗くて、
最初のうちは近くでゆらゆら揺れていたんだけど、
すぐに闇の中に見えなくなってしまいました。
ただそれだけの事です。
ある初夏の夜、ふっとあのヨットの事を思いだしたんです。
この季節、夜に窓を開けている事が多いでしょう?
それで、開いている窓から夜の空を見た時に、
急に思い出したんですよね。
その頃俺は、星座早見表片手に星を眺めたりするのが好きでした。
それで、夜空に有る「夏の大三角」を見た時に、
急にあのヨットを思い出したんです。
もう海の底に沈んでいるんだろうと思いましたが、
プラスチック製だし、たとえ海の底でも、
今見ているあの星の下にきっといるんだろうな、
なんて思春期の子らしいロマンチックな事を思いました。
それで、そう思ったら急に、夏の夜空に「夏の大三角」よりも、
もっともっと大きな三角形が出来たんです。あの織り姫星を頂点に、
俺が今居るこの場所と、
そして今あのヨットがいる海のどこかの一点とで、
夏の夜空にとてもとても大きな三角形が出来たのを感じたんです。
この大三角がとてもとても幸せな三角形に思えてきたんです。
お互いに見えない場所にいるけれど、
あのヨットもきっと俺の事を覚えていてくれるだろう、
俺もあのヨットの事を良く覚えている、
そんな友情の三角形が夏の夜空に有る事にとてもとても感動して、
いつまでも窓の外を眺めていたのでした。
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