シリヤ砂漠の少年
井上 靖
(1分52秒)
シリヤ砂漠のなかで羚羊の群と一緒に生活していた
裸体の少年が発見されたと新聞は報じ、その写真を掲げていた。
蓬髪の横顔はなぜか冷たく、時速50マイルを走るといふ
美しい双脚を持つ姿態はふしぎに悲しかった。
知るべきでないものを知り、見るべきでないものを見たやうな、
その時の私の戸惑いはどこからきたものであらうか。
その後飢えかかった老人を見たり、
あるいは心おごれる高名な芸術家に会ったりしている時など、
私はふとどこか遠くに、その少年の眼を感じることがある。
シリヤ砂漠の一点を起点とし、
羚羊の生態をトレースし、ゆるやかに泉をまわり、
真っ直ぐに星にまで伸びたその少年の持つ運命の無双の美しさは、
言いかえれば、その運命の描いた純粋絵画的曲線の清冽さは、
そんな時いつも、なべて世の人間を一様に不幸に見せる
ふしぎな悲しみをひたすら放射しているのであった。
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