かわいひでとし日記
令和6年5月20日      さつ意      凶悪、悪質にどう対処するか
  
犯罪とか、犯罪まがいの事をしているのをネットなどで見かける事が良く有るが、

こういうのを見ていて最近、「殺意」を持つ事が有る。

最近ではつばさの党の選挙妨害の様子を見て強く思ったのだった。

そしてその遠因と言われている札幌地裁での判決を出した裁判官の写真も

ネットに出回っているが、その人の顔を見ても思ってしまう。

自分の様な温厚で物静かな人間でも、そう思ってしまうのだ。


欧米での移民、難民による略奪や暴力の動画を見る事も多い。

こういうものを見ても非常に強い憤りを感じる事が良く有る。

そしてそれらを警官が射殺するとか、店員が暴力で反撃する場面も良く目にするが、

正直言って、スッキリしてしまうのだ。


日本国内でも同様な事が多く起こっている。

埼玉県川口市では、これを受けて住民による自警団が組織されたそうだ。

日本でも漸くこういう動きが出来たというのは、本当に大人しくて我慢強い日本人でも、

いい加減ガマンが出来なくなってきている、という事だろう。


欧米などで環境活動家が道路上での交通妨害をしているのを、

暴力的に排除する動画などが良く出回って来るが、

こういうものを見て、正直、スカッとするのだ。


或いは強盗犯に反撃をする動画なども見る事が有るが、これもスカッとする。

もうここまで治安が悪化してしまっては、現場で射殺するのは

日本でもアリなのだと、正直思うのだ。

凶悪であったり特に悪質であったりする犯罪者に人権など無い、

というセリフも流れて来る。

正直言って、かなり同意してしまうのだ。

若気の至りで過ちを犯した人間なら反省して出直す事には賛同するけれど、

特に悪質で、ここまでやる人間はもうダメだろう、と思ってしまう。


さて、警察などの取り調べの可視化、という事が言われる様になった。

冤罪を防ぐとか、犯罪者にも人権が有るとか、色々理由を言うけれど、

逮捕された時にピースサインをする様な人間に、

敬語を使う様な優しい取り調べなどしたところで、意味は無いのではなかろうか。


警視庁の捜査二課というところは、取り調べが厳しい事で知られているそうだ。

かなり威圧的な言葉で容疑者の人格否定などをして、プライドをズタズタにして吐かせる、

という評判を聞いた事が有る。

相当悪質な相手にはそれくらいでないとどうしようもないだろうと思う。


最近のニュースでこんなのが有った。

刑務所で受刑者を「さん付け」で呼ぶ事にした、というのだ。

正直言って、「は?」と思った。

刑務所に入って居る人間にとって、そこに入れられているという時点でもう苦痛であって、

それが何年も続くのだから、それだけで充分な罰になっていると言えるだろうとは思う。

良く裁判結果を見て、「懲役3年? 刑が軽すぎる!」なんて事を言う事が有るが、

刑を受ける人間からしてみれば、3年というのは結構長いのではないだろうか。

しかし、刑務所が居心地が良いのもどうかと思う。

これは実際に自分が刑務所に入った事を考えれば、たとえ1日であっても苦痛だろうし、

非人間的に扱われるのではたまったものではないだろうとは思う。

また、人間は慣れる動物で、刑務所も長く居ると慣れて苦痛が薄らいでくるだろうとも思う。

ということで、あまり居心地の良い刑務所にするのは、やっぱりどうかと思う。

頭は丸刈りにされ、番号で呼ばれるくらいでも良いのではないかと思ってしまう。


さて、死刑囚にも人権が有る。

けれど、これもまた、考えてしまうところも有る。

〇〇が何の罪で死刑になった、という事は世間に広く知らせるべきだろうと思う。

なんなら、死刑執行の様子まで知らせても良いのではなかろうか。

そもそも死刑になるほどの事をしたのだから。

それが犯罪の抑止に役立つのであれば、広く知らせても良いのではないだろうか。


さて、あなたが彼女と歩いていて強盗に遭い、彼女が凌辱され、金品を奪われた、

という場合、スキを見て反撃するのは正当防衛だろう。

けれど、いざ裁判になってみて、過剰防衛だのと言われてしまう可能性も残る。

明らかに命の危険を感じて、

相手を気絶させたり殺したりしなければ難を逃れられない場面では、

これはもう正当防衛だろうと思っても、なぜか裁判になると自分が容疑者にされ、

おかしな判決が出る事も考えられる。

また、以前、安倍総理の街頭演説に対して、

「アベヤメロ」を大声で繰り返していた人物が警察に排除されると、

言論の自由を盾に警察を告訴し、一部勝訴してしまった、

という驚くべき判決が出ている(まだ係争中で最高裁の判決がこれから出る)。

こういった司法に対する不信感も年々大きくなっている様に思う。

聴衆が演説を聞き取れないほどのヤジは言論の自由ではなく「妨害」なはずだ。


私刑が話題になる事も有る。

ある人物が何かをして、それを批難され、顔や住所をネットで晒されたりする。

その人物があまりにも酷い事をした場合であれば、

これを見てスッキリしてしまう自分が居る。

私刑はいけない、きちんと司法に任せるべきだ、という正論も、

最近はなんだか意味が少々薄らいで感じる今日この頃だ。

信号無視をして道路を逆走し、クルマと正面で向かい合ったママチャリが

居丈高に文句を言う動画が出回った事が有った。

おめえが悪いのに何威張ってんの? という批判が渦巻いた。

その結果、その動画が恐ろしくたくさんコピーされて出回り、コラ画像まで出回った。

だんだんどっちが悪質か解らなくなってしまったけれど、でも、でも、

最初のその動画を見る限り、あのおばはんが悪いのだ、との思いはなかなか消せない。


暴力を受けたら暴力で対応するとか、

犯罪を犯した人間には一定の人権制限が有る、とか、

警察官が現場で射殺する、とか、

そういう事も、やむにやまれぬ現実問題として、真剣に検討したり、

安心して現場で対応できる現実的なガイドラインを整備しても

良い時期が来ている様に思う。


テーザー銃というものを欧米の警官が使うのを動画で見た事が有る。

スタンガンの一種で、撃たれた人間は気絶するくらいの威力の様だ。

日本の警察でも取り入れたらどうだろうか。

また、入管はきっちりと強制送還を行う体制を整えるべきだと思う。

(新しい法律が来月から施行される様なので、成り行きを見てみたい)

警察も、あまりにも「市民に慕われる親切な警察」に拘っていてはもう、

追いつかなくなるのではなかろうか、と思う。

暴力を受けたら暴力を返す、というのは生物として当然の事だ、ということと、

文明とか法治とかとをもう一度整理してはっきりさせた方が良いのかもしれない。

もう一度しっかり足元を見て、

浮いてしまっている足をしっかり地面につけ直すべきなのではないだろうか。









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