かわいひでとし日記

 

 

 

 

 

 


2015.05.17        大統領の未亡人      むかしのことば  

 

先日、自民党総裁が「バカでもチョンでも」と言ってしまった

というのがニュースになっていた。

自分もずっと昔、普通に使っていた言い回しだ。

特に意味を意識せず、ふつうに使っていた。

随分後になってから、その「チョン」というのは朝鮮人の蔑称なのだと

後から知ったのだった。

それを知ってから、自分もそういう言い方はしなくなった。

誰が誰の事を言うにしろ、蔑称というのは気持ちよいものではない。

政治家みたいな立場の人だと、うっかりして、

では済まなかったりするので、大変ですね。



自分が中学生くらいまでの頃だったか、在日の人たちを普通に「ちょんこー」と

呼んでいた記憶が有る。朝鮮高校の略称だと思っていた。


「パッチギ」という映画は、そのころの様子を生き生きと描いていて、その頃を

知っている人間としては、大爆笑してしまう映画だったのでした。

昔はこうだったよな、と、笑って話す。そんな気持ちです。

グーグルのサイト内検索というのを日記のページにくっつけてあるのだが、

たいしたもんですね、すぐ見つかりました。

2005.11.13 の日記の一部です。

昔の事を笑って話す

昔の事を笑って話す。昔は俺たち、仲悪くて良く喧嘩したよな、と笑って話す。
そんな気持ちで見る事が出来た映画でした。実際に1960年代の京都を舞台にして、
昔はこうだったよな、と笑いながら見られるシーンも多く登場します。

日本人、在日に関わらず、「ツッパリ」してた奴らのリアルさは(実物を見た人間として)大ウケしてしまうのでした。アゴにマスクをひっかけた姉ちゃんとか、いた、ホントにいたんだ、ああいう姉ちゃん。ところで、なんでツッパリの姉ちゃんはマスクしてたんだろ、、、。

俺は「ツッパリ」ではなかったのだけれど、友達の「ツッパリ」から「チョンコー」と喧嘩した話なんかを良く聞いたものでした。

昔はそうだった、でも今は違うんだと笑って話せる話として、ほほえましく観ていました。




一般庶民が人間同士、一対一で話す時、昔は良く悪口言い合ったよな、と、

その当時の言葉をそのまま持ち出して笑って話す事が出来るんだなと思う。

だから政治家は大変ですね、そういうわけにいかないんだから。

なので、世界平和はきっと、政治家には出来ない事で、

一般庶民にしか出来ない事なんでしょうね。





話は変わりますが、自然に使っていた言葉だけど、特に意味とかを意識しないで

使っている言葉って、色々有りますね。



さくらさん(寅さんの妹の)が、「日本には未亡人なんていういやな言葉が有る」

と言っていたので、改めて考えてみたら、ああ、なるほど、と思った。

未亡人というのは、

夫が死んだにもかかわらず、後を追って自害もせず、まだ生きている人、

という意味なんですね。なるほど、さくらさんが怒るのも理解出来ますね。

特に意味を意識しないで使っている言葉でした。

なので、将軍が亡くなると、奥さんは出家して「天璋院」とかになるんですね。

出家するというのは人間でなくなる、という意味なんだと司馬遼太郎さんが

どっかに書いていたな。




あと、「大統領」って、どうなんですかね。

なんか、幕末の言い方感が凄くて、、、、。


メリケンでは入れ札で頭領を決めるぜよ。

皆の中で一番人気のあるもんが、皆の上になるがじゃ。

それが頭領の親分で、大統領ちゅうがじゃき。


って、、、。

なんか違和感感じるのは自分だけでしょうか。

大統領って、、、。

いよっ!大統領!みたいな、、、。


あと、「大丈夫」。

これもいい加減古いでっせ。

でっけえ大男って意味でっせ。

今でも生き残って使われてるのが不思議な感じがしたりする、、、。



それから、「もしもし」。

電話に出るときね。

これも相当古いよねぇ、、、。

日本で初めて電話が開通した時の第一声が「申す、申す」だったから、

という説が有るそうですね。

しかし、「もしもし」ってのも凄いよねぇ、亀さんじゃあるまいし。



昔、日本で初めてラジオ放送が始まった時のアナウンサーの第一声は、

アーアー、聞こえますか。
JOAK、JOAK、こちらは東京放送局であります。
こんにち只今より放送を開始致します。


であったそうな。


ああ、昭和は遠くなりにけり。

 

 


 


日記のトップへ戻る

かわいひでとしホームページ

@kawaihidetoshi をフォロー
フォローしてね、一緒に考えましょう