かわいひでとし日記
令和5年9月23日.     金が無い人々      貧困と金欠の違い
 
金がねぇなあ、というセリフはもう、大昔から庶民が言う事になっている定型文のようだ。

なんで金が無いのかと言うと、稼がないからだし、稼ぎに対して多く使うからだ。

稼げないのは自分のせいだし、金の管理が出来ないのも自分のせいだ。

誰か他人のせいではないのだ。


自分も長い事金が無い生活をしていたものだった。

ただ、昔の「金が無い」と今の「金が無い」は、随分違う様に感じる。

昔は食うのにも困る事を「金が無い」と言った。

自分も中学生の時から一人暮らしをして、金が無くてキャベツの芯を煮て、

醤油をかけておかずにしたりしていたものだった。

けれど、今どきの「金が無い」は、そうではなく、単に遊ぶ金が無い、

という意味の場合が多い様だ。

なんだか、今どきの人は「飯を食わないと死ぬ」とは、夢にも思っていない様に感じる。

「金が無い」と思ったら、衣食住の金が無いのか、遊ぶ金が無いのか、

きちんと区別したほうが良い。

衣食住の金が無いのであれば、勇気を出して人に助けを求めましょう。

遊ぶ金が無いのであれば、遊んでないで仕事をして節約をしましょう。


個人差は有るものの、だいたい20歳くらいの時点で「金が無い」と思う様なら、

きっとその後何歳になっても「金が無い」のだろうと思う。

金を稼ぐ能力とか管理する能力があまり無いのだ。

自分も20歳頃には金が無い人だったので、その後も浮き沈みは有ったものの、

基本的には貧乏人のままだった。

収入が増えるとそれに比例して出費も増えるものだ。

収入が少なくても管理出来るのならそれほど困らないものだし、

何よりも、人間の幸せはカネではないのだ。

きちんと生活して、小さな幸せを感じる、というのはとても大きな幸せだと思う。


自分は実は、幼少の頃はお金持ちの家のお坊ちゃまだった。

父親が破産してくれたお陰で、金持ちも貧乏人も両方経験する事が出来た。

親戚の人に言われた事が有った、「あんたんちはお金の計算が出来ない血筋なのよね」と。

たしかに、お坊ちゃま育ちでお金の計算が出来ないし、自分の父親もそうだった。

自分は今でも貧乏人だが、年齢を重ねるにつれ、管理する事が出来る様になってきたので、

収入が少なくても今は平穏に、幸せに暮らしていられる。






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